FF論:〜FF]をプレイして〜


●やらねえやらねえといいつつもはまってしまったFF。ドラクエやゼルダはひとまずおいて、語ってみることにします。
   ・・・語ってもよろしいですかな(笑)?



 さて、新たな論題に取り組むということで、意気込んでおります。今回のテーマはFF]です。(]−2は現在進行形でプレイ中です。)例のごとく(?)、項目立てをしながら、語っていきます。


0.序論

 よく、「FF派かドラクエ派か」という議論が持ち出される。私はドラクエ派だ、いいや私は断然FF派だ、ドラクエは○○で××なところがいけない、いや違う、FFこそ□□じゃないか、こんな議論を一度は聞いたことがあるのではなかろうか。しかし私は、そのような不毛な議論は好かない。FFをやってみて思ったことだが、そんなことを言ってもあまり意味がないのだ。なぜなら、どちらもいいゲームであると思うからだ。もちろん両者一長一短はあるけれども、細かな欠点を取り上げて非難することにいかほどの意味があるだろうか。いいゲームは、エニックスだろうとスクエアだろうといい。(まあ、両者が合併したのでこれからはそうした分け方はないと思うが・・。)これからは、他方のゲームを非難したり、一刀両断に二分したりするような考えはリムーブされるべきであろう。(別に自分がドラクエloverのくせにFFにはまったことの言い訳をしているのではない・・・(笑))

1.FF世界の美しさ

 さて、本論に入るとしよう。まずこのゲームを始めて最初に思ったこと。
FF世界は美しい。プレステ2だからかもしらんが、とにかく映像がすごくリアルできれいだ。もちろん、リアルであることのみをもって美しいといっているのではない。風景の描写が、とても幻想的なのだ。ドラクエにおける、中世ヨーロッパ的な美しさとはまた一味違った、独特の美しさなのである。

 バックが美しいといったが、それはいかように美しいのか。この美しさの態様は、ザナルカンドとスピラにおいて、二種類に分けられる。すなわち一言で言えば、「大都会の夜景の美しさ」と、「大自然の美しさ」なのである。ザナルカンドの夜景は本当に美しい。だが、それはスピラの美しさとは全く異質なものである。スピラは千年後の世界であるが、自然にあふれている。スピラの美しさはそのような自然の美しさなのである。ビサイドのビーチ、ナギ平原の限りない緑。神秘に満ちたマカラーニャの森。挙げれば数限りない。ティーダも、ミヘン街道の息を飲むような美しい夕日を見て、「ザナルカンドとはまた違った感じの夕日」といったようなことを言っている。

 これが両者の美しさの違いであるが、スピラよりも千年前のザナルカンドの方が文明的に進んでいるという点は注目すべきである。機械の発達により力を誇示しようとし、結局「機械戦争」で滅んだザナルカンドは、ある意味教訓的であり、今の我々に警告を発しているようにも見える。この「機械戦争」が]−2の話のキーワードにもなる。

 少し脱線したが、以上がFF世界の美しさである。

2.戦闘システム

 次に、FF]の画期的な戦闘システムについて触れることにしよう。
FF]は、FFシリーズの中でも少し特殊である。FF戦闘に特徴的なATBというやつだろうか、待ち時間というものがない。普通のFF戦闘、例えば]−2などでは、敵は待ってくれない。こちらが何もしないとどんどんやられていくのだ。]のほうでは、自分のターンさえくれば何時間考え込んでいようと自由である。

 そんな風に言うと、]−2などの戦闘のほうがあわただしいじゃないか、という話だが、メリットはある。それは、緊張感あるリアルな戦闘を楽しめるということだ。実際、戦闘は]−2のほうが面白かったと思う。
もちろん]のほうの戦闘にも長所がある。それは先ほど述べたこととも重なるが、じっくり考えられるということである。また、敵・味方の攻撃順序が一目瞭然であるため、無駄が非常に少なく、効率のよい戦いができるのだ。

 これがドラクエの戦いとなると最初にいっぺんに指令を出すため、敵の攻撃前に味方が回復してしまうなど、無駄が生ずる。また、攻撃後すぐに回復できないという弱点もある。

 以上の観点からすると、このFF]の戦闘は非常にわかりやすくいい戦闘システムである、といえる。オーバードライブも、個性が出ていて面白かった。

3.音楽

 音楽についても語るべきことは多いであろうが、ここでは感想等を軽く述べるにとどめる。
まず、第一印象としては、「ドラクエのほうが高尚だな」ということであった。ドラクエはむしろクラシックに近い。さすがすぎやま先生、ドラクエ音楽の芸術度はFFをしのいでいるだろう。

 そもそも、FF]は曲の名前の付け方がいけないと思う。題からは、まったくどんな曲なのか想像もつかない。例えば、マカラーニャの音楽。たしか「嵐の前の静けさ」とかいう題名だったが、「マカラーニャの森」でいいじゃん!!とか思う(笑)。むしろそう呼んでいる。

 しかし、そうは言っても、FFの中でもお気に入り曲はある。好きな曲として挙げられるのは、まず「ザナルカンドにて」、そして海底神殿(?)の音楽だった「夢も希望もありません」(この題名気に入ってないけどさ)、それから「素敵だね」及びそのアレンジ。次点として、マカラーニャの音楽、そして最初のブリッツボールの音楽など(たしかジェクト戦の戦闘曲にもなってたやつ)。モンスターじいさんのところの曲もなかなかだ。つーか、お前がシン倒しに行け!!(笑)

 ザナルカンドとスピラでは、音楽の趣旨も少し違う。ザナルカンドでは時代の先端をいっていそうな、かっこいい曲が多い。一方、スピラにおいては、穏やかで、心の価値を取り戻そうという感じの(?)曲が多い。その例として、「ユウナのテーマ」、ナギ平原の音楽、ビザイド村の音楽などが挙げられよう。音楽という点においても、ザナルカンドとスピラという二つの相異なる世界の違いが、顕著に表れているのである。

4.ストーリー

 FF]のストーリーは、ドラクエのようなRPGとは違い、より物語チックに、映画のごとく構成されている感を受ける。それは、ボイスとモーション、ムービーが入ったことによっても明らかである。(魔津藻は他のFFシリーズはやったことはありませんが、聞くところによると]が初めてのようです。)実際に声優さんなどが動きをやっているので、その表情、仕草はリアルである。したがって、FFのほうがドラクエよりも、登場人物の心情・細かい心の変化を描くのはうまい。
 迷い、不安、決意、勇気、友情、愛。喜び、悲しみ、怒り、悔しさ、せつなさ・・・・非常によく伝わってくる。

 「素敵だね」という、マカラーニャの聖なる泉で流れる曲が、ユウナの心情をよく表していて好きだ。行きたいけど、行けない。行けないけど、行きたい。その気持ちが、すごくよく表れていた。

 まぁ、無言性のところでも述べたように、FFは物語重視なので当然といえば当然であろうか。
一方のドラクエは既述のようにプレイヤーの自由性が強い。思うことも感じることも、プレイヤー次第なのである。

それから、FF]の世界観についてだが、祈り子だのエボンジュだの夢だの、実は魔津藻もよくわかっていません。製作者もわかってないんじゃないの?なんで夢のザナルカンドの世界にシンが出てくるのか?どうやってアーロンはシンに乗って夢の世界にこれたのか?そもそも街を召喚するとはどういうことか・・・疑問は限りない。

 でも、ストーリーとしてはよかった。最初は魔物を見て腰を抜かしてた(?)ティーダが、ユウナたちとの出会いによって、少しずつかわっていく。そしていつのまにかユウナの覚悟さえ追い越して、エボンジュを倒せば自分が消えてしまうことを知りながら、戦って・・・・
 最初は、ティーダのことはあまり好きではなかったが、今はすごくいい!と思える。

 ]をやったあと]−2をやると、これまたすごくいい。
変わろうとがんばっているユウナ、でもやっぱりティーダのことから離れられない。
そして二年の間に変わったそれぞれの地域、町。そう、あんなだったよね、こんなだったよねと、思い出しながら進む。

 ユウナがどれくらいティーダのことが好きだったのかが、行動の一つ一つに表れていて、感慨深い。まだ全部やっていないが、ようするにドラクエWのような(?)話のようだ。(レンとティーダのそっくりさんとの関係が・・・・そうかな?)

 これからが楽しみだ。

2003.11



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